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2008年の記事

 

 

 

 

 

タマチ工業株式会社

 

■技術の継承が新たな技術を生み出すパワーに

業種:自動車部品製造
タマチ工業株式会社


先端技術は一朝一夕に生まれるものではない。営々と積み上げてきた技術があるからこそ、新しい技術が生まれることになる。何代にもわたって技術を継承しながら新しいアイデアを盛り込み、それまでの技術を越えたものが誕生する。今後も新しい世代に技術は継承され、現在の技術と異なった領域が拓かれる。この流れが技術進歩だろう。タマチ工業株式会社(東京都品川区)は第2次世界大戦や取引先企業の経営不振などによる幾多の変遷を余儀なくされながらも、大正・昭和・平成と3代にわたり自動車一筋に生きてきた。

1919年に初代の太田祐雄氏が自動車用エンジンを開発、さらにこのエンジンを用いた小型乗用車やトラックを、子息で技術やデザインを担当した太田祐茂氏らとともに製作、その名は「オオタ号」として今も残っている。当時は名車といわれ、自動車競技大会の国産車の部で優勝したほどだった。

戦後間もなく、祐茂氏がオオタ商会を設立、自動車修理工場を営むかたわら、公営オートレース用の車を設計・製作、さらにくろがね自動車工業からの要請で360CCエンジン搭載の軽4輪自動車「くろがねベビー」のプロトタイプを設計・製作した。この時、くろがね自動車の子会社として「くろがね小型自動車製造」を設立、「くろがねベビー」の量産に入り、祐茂氏がここの技術担当役員になったためオオタ商会を閉鎖した。この車は2万5000台の販売実績を持つが、親会社の経営不振から、生産をあきらめざるを得なかった。

そして1962年に祐茂氏が現在のタマチ工業株式会社を立ち上げ、1977年に現社長の邦博氏が就任した。この間、自動車技術が3代にわたり脈々と引き継がれてきたことになる。太田邦博社長はCNCマシニングセンターなど最新設備をいち早く導入し、加工精度の向上などに努めた結果、技術と精度にシビアなモータースポーツ部品を自動車メーカーに供給するようになった。

そして今、自動車関連の精密加工技術が医療分野に受け継がれようとしている。カテーテルに用いられる血管拡張用のステントと呼ばれる編み目の入った金属製チューブの開発を東京工業大学と連携して進めている。すでにチューブは完成しており商品化も最終段階を迎えている。同社は企業としては何回も荒波を乗り切ってきたが、技術だけは各々が情熱を持って確実に継承したことが新たな進歩につながっている。





著作者:e-中小企業庁&ネットワーク
出典:中小企業ネットマガジン


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