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朝日火災海上保険事件

(最高裁平成8年3月26日第三小法廷判決)

【事案の概要】

Xは、Y保険会社がA保険会社鉄道保険部で取り扱ってきた保険業務を引き継ぐことになったことに伴い、Y保険会社に勤務することとなった者であるが、Yの定める就業規則及びYとB労働組合との間で締結されていた労働協約によれば、A保険会社出身であるXらの定年は、満63歳とされていた。

昭和58年、YとB組合は定年年齢(57歳)の統一、退職金支給率の変更等について合意し、同年7月11日、合意内容を書面化した同年5月9日付けの労働協約に署名押印した。労働協約の締結に伴い、Yは、同年7月11日、就業規則の定年に関する部分及び退職手当規定を労働協約と同一内容のものに改定するとともに、これを従業員に周知させた。Xは、同年7月11日に既に57歳に達していた。


【判決の要旨】

本件労働協約は、Xが勤務していたYの北九州支店において、労働組合法17条の要件を満たすものとして、その基準は、原則としては、Xに適用されてしかるべきものと解される。

しかしながら他面、本件労働協約の内容に照らすと、その効力が生じた昭和58年7月11日に既に満57歳に達していたXのような労働者にその効力を及ぼしたならば、Xは、本件労働協約が効力を生じたその日に、既に定年に達していたものとしてYを退職したことになるだけでなく、それと同時に、その退職により取得した退職金請求権の額までもが変更前の退職手当規程によって算出される金額よりも減額される結果になるというのであって、本件労働協約によって専ら大きな不利益だけを受ける立場にあることがうかがわれるのである。

また、退職手当規程等によってあらかじめ退職金の支給条件が明確に定められている場合には、労働者は、その退職によってあらかじめ定められた支給条件に従って算出される金額の退職金請求権を取得することになること、退職金がそれまでの労働の対償である賃金の後払的な性格をも有することを考慮すると、少なくとも、本件労働協約をXに適用してその退職金の額を昭和53度の本俸額に変更前の退職手当規程に定められた退職金支給率を乗じた金額である2007万8800円を下回る額にまで減額することは、Xが具体的に取得した退職金請求権を、その意思に反して、組合が処分ないし変更するのとほとんど等しい結果になるといわざるを得ない。加えて、Xは、Yと組合との間で締結された労働協約によって非組合員とするものとされていて、組合員の範囲から除外されていたというのである。

以上のことからすると、本件労働協約が締結されるに至った経緯を考慮しても、右のような立場にあるXの退職金の額を前記金額を下回る額にまで減額するという不利益をXに甘受させることは、著しく不合理であって、その限りにおいて、本件労働協約の効力はXに及ぶものではないと解するのが相当である。

労働者の労働条件を不利益に変更する就業規則が定められた場合においては、その変更の必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被る不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するときに限り、就業規則の変更の効力を認めることができるものと解するのが相当であることは、当審の判例の趣旨とするところである。

これを本件についてみると、前記事実関係の下においては、変更前の退職手当規程に定められた退職金を支払い続けることによる経営の悪化を回避し、退職金の支払に関する前記のような変則的な措置を解消するために、Yが変更前の退職手当規程に定められた退職金支給率を引き下げたこと自体には高度の必要性を肯定することができるが、退職手当規程の変更と同時にされた就業規則の変更による定年年齢の引下げの結果、その効力が生じた昭和58年7月11日に、既に定年に達していたものとしてYを退職することになるXの退職金の額を前記の2007万8800円を下回る額にまで減額する点では、その内容において法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものとは認め難い。そのことは、右に説示したところに照らして明らかである。したがって、Xに対して支払われるべき退職金の額を右金額を下回る額にまで減額する限度では、変更後の退職手当規程の効力を認めることができない。

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