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フジ興産事件

(最高裁平成15年10月10日第二小法廷判決)

 

就業規則が法的規範としての性質を有するものとして、拘束力を生ずるためには、その内容の適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するとした。

 

【事案の概要】

 

Xは、A社の設計部門であるエンジニアリングセンターにおいて、設計業務に従事していた。A社は、昭和61年8月1日、労働者代表の同意を得た上で、同日から実施する就業規則(以下「旧就業規則」という。)を作成し、同年10月30日、B労働基準監督署長に届け出た。旧就業規則は、懲戒解雇事由を定め、所定の事由があった場合に懲戒解雇をすることができる旨を定めていた。

 

A社は、平成6年4月1日から旧就業規則を変更した就業規則(以下「新就業規則」という。)を実施することとし、同年6月2日、労働者代表の同意を得た上で、同月8日、B労働基準監督署長に届け出た。新就業規則は、懲戒解雇事由を定め、所定の事由があった場合に懲戒解雇をすることができる旨を定めている。

 

A社は、同月15日、新就業規則の懲戒解雇に関する規定を適用して、その従業員Xを懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」という。)した。その理由は、Xが、同5年9月から同6年5月30日までの間、得意先の担当者らの要望に十分応じず、トラブルを発生させたり、上司の指示に対して反抗的態度をとり、上司に対して暴言を吐くなどして職場の秩序を乱したりしたなどというものであった。

 

その後、Xは、A社の代表者Yらに対し、違法な懲戒解雇の決定に関与したとして、損害賠償を請求した。

 

Xは、本件懲戒解雇以前に、Aの取締役Yに対し、センターに勤務する労働者に適用される就業規則について質問したが、この際には、旧就業規則はセンターに備え付けられていなかった。

 

【判決の要旨】

 

原審は、次のとおり判断して、本件懲戒解雇を有効とし、Xの請求をすべて棄却すべきものとした。

 

  1. A社が新就業規則について労働者代表の同意を得たのは平成6年6月2日であり、それまでに新就業規則がY社の労働者らに周知されていたと認めるべき証拠はないから、Xの同日以前の行為については、旧就業規則における懲戒解雇事由が存するか否かについて検討すべきである。
  2. (A社は、昭和61年8月1日、労働者代表の同意を得た上で、旧就業規則を作成し、同年10月30日、B労働基準監督署長に届け出ていたこと)の事実が認められる以上、Xがセンターに勤務中、旧就業規則がセンターに備え付けられていなかったとしても、そのゆえをもって、旧就業規則がセンター勤務の労働者に効力を有しないと解することはできない。
  3. Xには、旧就業規則所定の懲戒解雇事由がある。A社は、新就業規則に定める懲戒解雇事由を理由としてXを懲戒解雇したが、新就業規則所定の懲戒解雇事由は、旧就業規則の懲戒解雇事由を取り込んだ上、更に詳細にしたものということができるから、本件懲戒解雇は有効である。

 

しかしながら、原審の判断のうち,上記(2)は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 

使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する(最高裁昭和54年10月30日第三小法廷判決(国労札幌支部事件))。そして、就業規則が法的規範としての性質を有する(最高裁昭和43年12月25日大法廷判決(秋北バス事件))ものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。

 

原審は、A社が、労働者代表の同意を得て旧就業規則を制定し、これをB労働基準監督署長に届け出た事実を確定したのみで、その内容をセンター勤務の労働者に周知させる手続が採られていることを認定しないまま、旧就業規則に法的規範としての効力を肯定し、本件懲戒解雇が有効であると判断している。原審のこの判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

 

そこで、原判決を破棄し、上記の点等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。