判例―留学費用の返還請求― (2002年11月号より抜粋)  
   

 

 
  帰国後2年で退職 留学は業務命令とは認めず

従業員を休職させ、学費等を援助してMBA資格を取得させたところ、2年後に自己都合で辞めてしまったので、留学豊用の弁済を求めた事案です。常識からすると当然の行動ですが、労基法には「賠償予定の禁止」という条文があります。裁判所は、人材育成を目的とする恩恵的な貸付金と判断し、弁済請求を認容しました。
労基法第16条は、「労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償を予定する契約をしてはならない」と定めています。罰則は6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金で、これは強制労働に次ぐ2番目に重い罪です。

研修費用との関係では、「一定期間使用者のもとで勤務した場合は返還の要はないが、勤務しなかった場合には費用を返還させるという契約は、一たん使用者が特定の費用を与え、一定期間使用者のもとで勤務しない場合は損害賠償として、その額だけ払わせるという損害賠償予定の契約と考えられることがある」と解されています。

本事件でも、会社は海外留学派遣要綱に「留学を終え、帰社後5年以内に自己都合退職したときは、留学費用の全部を即時弁済しなければならない」旨の規定がありました。被告社員は、同じ趣旨の誓約書に署名したうえで、パリに赴き、MBA資格を取得しましたが、2年後に自己都合退職してしまいました。そこで、原告会社は費用の一部返還を求めて、裁判を起こしたわけです。

裁判の争点は、この返還請求が労基法第16条違反になるか否かでした。会社として、「資格を取得した人間が早期の退職を思いとどまるように」という期待を込めて、こうした規定を設けたことは推察に難くありません。しかし、「費用の負担が労働者に対する貸付であり、本来、労働契約とは独立して返済すべきものであり、一定期間労働した場合に返還義務を免除する特約を付したもの」と認められれぱ、16条違反を免れます。

その当たりの判断は非常に微妙で、裁判でも事案の内容に応じて、さまざまな判断が下されています。

勝敗の分かれ目は、会社が業務命令として研修への参加を強制し、労働者側に諾否の自由がなかったか、研修内容が業務と密接な関係があったか、という点です。

本事件では、仮にこうした方法がすべて認められないとすれば、「企業としては海外留学に消極的とならざるを得ない」と、企業側の防衛策に理解を示しました。そのうえで、「形式的には業務命令ではあるが、留学の決定は被告の意向によるものであり、個人として利益も享受している」「留学は人材の育成という範囲を出ず、業務との関連性は抽象的・間接的にとどまる」と判断し、返還請求を認めました。本件では、留学費用の合計額は3,900万円にも上ります。

一応、会社にとってはハッピーエンドですが、事案によっては負ける恐れもあることは頭に入れておくべきでしょう。

 

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