判例―社員の自殺― (2002年12月号より抜粋)  
   

 

 
  自殺は会社に責任。叱咤激励が本人追い詰める

社員が仕事上のストレスで自殺したとして、会社が賠償責任を問われた裁判はいくつもあります。本事件は、自殺未遂を起こした社員が医者の診断書をみせ、休暇を取りたい旨申請したのに、直属上司が診断書を握りつぷすなど、管理上の直接的なミスが追及された点が注目されます。裁判所は、会社と上司に連帯して賠償の責めを負うよう判示しました。

本事案で原告となったのは、自殺した従業員の妻子です。従業員Aは、課長昇進の内示が出た後、断続的に欠勤を繰り返し、表向きの理由は父親の病気・死亡(事実)と、説明していました。

しかし、実際には課長職を負担に感じていたのも大きな理由で、直属上司に対し、会社を辞めたいなどと相談していましたが上司は適切な対応を取らず、「自殺する勇気があるのか」などと暴言を吐き、その後、Aは現実に自殺未遂を起こしました。家族は会社には内密で、この上司に相談したところ、「出社を継続させるべく胸ぐらをつかむなどして説得」しました。

さらに、1ヵ月の休養が必要という医師の診断書を提出した際にも、上司は「そんなことをすると気違い(原文まま)と思われる」といい、その結果、Aは休暇の申請を取り下げました。

こうした経過を経た後、最終的にAは自殺してしまったわけです。このように特定事実だけをピックアップすると、「この上司の言動は常識を外れている」と思われる方がたくさんおられるでしょう。過労から自殺に至る場合、会社や管理者は、「長時間残業を放置していた」「精神的に不安定な兆候があったのに気づかなかった」といった消極的過失にとどまるのが普通です。今回のように積極的な関わりが追及されたのは、レアケースです。

しかし、自殺が起きて「後追い」で考えれば異常な言動でも、実はそれに近い事件が日常的に起きているはずです。裁判所も、「上司にはAに対する悪意はなく、むしろ期待があった」と認定しています。

エゴの強いタイプの人間が、意志の弱い人間を厳しく叱咤激励するのは、良くあるパターンです。しかし、そうした点を情状酌量しつつも、裁判所は、会社および上司には、従業員Aの自殺の予見が可能で、使用者としての注意義務違反があったと判示しました。そのうえでAの死は、本人の素因によるもの7割、会社・上司の行為によるもの3割と結論付けました。さらに、原告妻子側にも、家族としての過失があったと認め損害の5割を過失相殺して損害賠償額を算定しました。それでも、妻子2人で1,300万円余の金額に達しています。

上司がむしろ善意から部下の尻を叩き、結局、本人を追い詰めるという話は、決して他人事ではありません。「まさか、あのくらいで自殺するとは」、意志強固な経営者には信じがたいことでしょうが、最悪のケース、多額の損害賠償が待っていることは、心得ておくべきでしょう。

 

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