判例 交通費の不正受給と懲戒解雇 (2006年11月号より抜粋)  
   

 

 
 

不正受給だが背信度は低い

通勤費の不正申告は、しょっちゅう発生するトラブプルの一つです。会社は、金額よりも背信行為という点を重くみて、処分を下しがちです。本事件では、従業員側が4年8ヵ月も事実を偽り続け、コピー提出等にも応じなかったため、事態は懲戒解雇にまで発展しました。裁判所は、賃金カットの穴埋めが目的だった点など「情状を酌量し、解雇処分は重過ぎると判断しました。

Kモータース事件 東京地方裁判所(平18・2・7判決)


一般的なケースでは、不正のきっかけはうっかりミスが多いようです。転居に際して申告を忘れ、差額が雪ダルマ式に膨れ、返すのが面倒になるといったパターンをたどります。

差額は民法第703条の不正利得に当たり、従業員は利得を返還する義務を負います。会社が指摘し、本人が渋々ながらも清算に応じれば、それ以上は不問に付すのが普通でしょう。しかし、従業員の対応によっては、大紛争に発展するおそれもあります。

本事件では、発端は転居ではなく賃金カットです。問題を起こした社員は、当初、時間的・距離的に最も合理的な経路で通勤していましたが、5〜10分程度遠回りすれば、定期代が7,000円弱安くなることに着目し、不正を始めました。

会社は途中で疑いを抱き、定期券のコピー提出を求めましたが、本人は従前の通勤経路に基づく「定期代申告書」を提出し、さらに定期購入に関する電鉄会社からの回答書を提示して問い質しても、明確な説明をせず、差額を返還することもありませんでした。

こうした不誠実な対応に業を煮やし、ついに会社は懲戒解雇という手段に訴えました。不正受給の総額は35万円で、経済的損害としては大きくありませんが、経営者側としては、「このままでは他の社員に示しがつかない」と判断したわけです。

裁判所は、「4年8ヵ月にもわたって、不正受給を続けたことは、「故意又は重大な過失により会社に損害を与えた」ものであり、軽視し得ない。と述べ、本人の対応に不誠実な面が多々あったことも認めました。

しかし、「通勤時間や徒歩の距離が長くなるという自の負担において経路を変更しなければ、従前の通勤経路に基づく通勤手当を受給し得たはずであり、当初から過大請求するために遠回りとなるような不合理な経路を申告したような、まさに詐欺的な場合と比べて、動機自体はそれほど悪質であるとまでは評価できない」等の点を考慮し、「企業秩序維持のための制裁として重きに過ぎる」と結論づけました。

この会社の場合、オートバイ通勤を選択しても、公共交通機関利用として手当額を算出していたなど、通勤手段を限定していなかった事実も判断に影響しています。「このような背信行為をとる人間は、これから先、社員として信用できない」、そういう気持ちは理解できますが、「まさに詐欺的な場合」でなければ、解雇は行き過ぎと考えるべきでしょう。

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