判例 パワハラで自殺は労災 (2008年9月号より抜粋)  
   

 

 
 

上司の叱責が引き金に 限度を超える心理的負荷

パワー・ハラスメントをめぐる裁判例が増えていますが、本事件は、上司の「存在が目障り」という侮蔑的発言が世間の注目を集めた事例です。上司の言動と自殺の関連性を立証するのは容易ではなく、労働基準監督署は業務外と判断し、遺族補償年金等の請求を斥けました。しかし、遺族の言訴えを受け、東京地裁は業務起因性を認める判決を下しました。

S労基署長事件 東京地方裁判所(平19.10.15判決)


パワー・ハラスメントという用語は、セクシュアル・ハラスメントに倣って作られた「和製英語」のようです。大声で責め立てる、能力不足をなじるなど上司が職務上の権限を濫用し、部下を精神的に追い詰める行為を指します。仕事上のストレスで、部下が精神障害等を発症すれば、業務上災害に該当する可能性があります。

しかし、熱血上司の指導と紙一重という一面もあり、被害者の労災申請が簡単に認められるとは限りません。本事件は、医薬品製造販売会社で働くMR(医療情報担当者)が自殺してしまった事件です。上司である係長は、「存在が目障りだ」「車のガソリン代がもったいない」などと、部下を叱責していました。

遺族は労基署に遺族補償年金等を請求したのですが、不支給と決まり、労働者災害補償保険審査官への審査請求も認められませんでした。そこで、労働保険審査会に再審査請求をする一方、裁判も起こすという戦術を取りました。

業務上の精神障害については、「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(平11・9・14基発第544号)が示されています。原則的に業務上の心理的負荷が「強」と判断されることが、業務上と認定される前提条件になります。

「上司等のトラブル」については、平均的な負荷強度は中程度とみなされ、それを修正すべき特別の事由がない限りは、なかなか業務上と認定されません。労基署は、「係長と顔を合わせるのは週に1、2回の打ち合わせの際」だけであった点等を考慮し、修正の要ナシと判断しました。

しかし、判決文では「ことばの内容が過度に厳しい。被害者に対する嫌悪の感情が露わで、それが心理負担を加重させた」などと述べ、「被害者の心理的負荷は、人生においてまれに経験することもある程度に強度のものということができ、社会通念上、客観釣にみて、精神障害を発症させる程度に過重なものと評価するのが相当」と判示しました。裁判所の判断の方が、血の通ったまっとうなものだという気がします。

被害者は自殺したので、労基法第12条の2の2にいう「故意」に該当し、給付を受けられなくなるようにも思えますが、「精神障害を発症した結果、正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、または自殺を思いとどまる抑制力が著しく阻害され」た状況で自殺に至ったため、業務起因性があると認定しています。この点は、前掲の業務上外の判断指針でも、同様の考え方が示されています。

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