判例 賃金カットの黙示同意を否定 (2009年3月号より抜粋)  
   

 

 
 

パソコンで一方的に通知 変更内容にも合理性なし

会社が賃金カットを通告し、従業員がそれを黙って受け取った場舎、「黙示の合意」が成立したといえるのでしょうか。これは多数の判例で争われた難問ですが、「簡単には認められない」と理解しておくのが無難てしょう。本事件は、文書等で一方的に通知がなされた例で、裁判所は内容の不公平さも含めて、適法に変更がなされたといえないと判断を下しました。

N技術事件 東京地方裁判所(平20・1・25判決)


本件トラブルは、労働契約法の施行(平成20年3月)以前に発生したものです。しかし、労働契約法は過去の判例法理を変更することなく、分かりやすくそのエッセンスを抽出したものなので、同法の規定に沿って労働契約変更のルールを復習してみましょう。

使用者は、労働者の合意なく、就業規則の変更により労働条件を不利益に変更することはできません(第9条)。しかし、変更後の就業規則を周知させ、かつその内容が合理的なものであるときは、就業規則の変更が効力を有します(第10条)。

逆にいえば、労働者の合意さえあれば、労働条件の不利益変更も自由ということです。全員からハンコつきで同意書を取れば、もちろん、確実です。

しかし、手間を惜しんで、経営者は強行突破を図ろうとしがちです。話し合いが決着しないうちに、ダウンさせた賃金を支払い、従業員が受け取ってしまえば、「黙示の同意があった」と主張して、変更の合理性を根拠付けようとします。確かに、賃金の減額が分かっていながら、それを黙って受け取ったのですから、世間常識からいえば、同意があったとみなす余地がありますが、会社の言い分が通るのでしょうか。

本事件では、経営状況が悪化する中、会社側は賃金引下げの必要性を説明し、従業員の理解を求めました。しかし、「確定的な減額なのか一時的な凍結なのか」明確な説明も付さず、「職員に宛てて文書で通知あるいはパソコンで周知徹底する」というずさんな方式を採りました。判決文では、「会社から一方的に通知なり告知して特段の異論なり反対がないから合意が確定的に成立しているというのは、あまりに身勝手な受け止め方といわざるを得ない」と厳しく批判しています。

過去の判例等をみても、裁判所は「黙示の同意」を簡単には認めない傾向があります。実務的には、少なくとも「異議のある者は名乗り出るよう促す」(日本ニューホランド事件、札幌地判平13・8・23)等の措置も合わせて、講ずべきだったといえるでしょう。

会社側は、さらに同意が成立していなかったとしても、就業規則改定による労働条件変更(労働契約法第10条)に該当するケースであると主張しました。

しかし、裁判所は「官庁から受け入れたOBの給与は減額がなされていない」「社員全員への公平な取扱いといえない」という理由で、「就業規則変更の合理性の要件を検討するまでもなく、賃金カットは違法・無効なものである」と一蹴しています。

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