判例 免許取得費用の返還請求を認める (2010年9月号より抜粋)  
   

 

 
 

貸付金契約であり、賠償予定にあたらない

タクシーの2種免許を、会社が費用を補助して取得させるケースがあります。従業員が、その資格を使って他社に有利な条件で転職した場合、会社は費用の返還請求が可能でしょうか。本事件で、会社は「返還免除特約付の消費貸借契約」を結んでいましたが、裁判所は契約に違法性はなく、従業員は返還義務を負うと判示しました。

T交通事件 大阪地方裁判所(平21・9・3判決) 


会社経営者の感覚からいえば、費用を援助した従業員の「資格の持ち逃げ」を許すわけにはいきません。しかし、法律的には簡単な話ではないのです。

労働基準法第16条では、「労働契約の不履行(退職等)について損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と定めています。退職にペナルティーを科すのは、不法な足留め策として注違反になります。

このため、資格取得費用等を援助する場合、会社側は貸付金契約を結ぶという防衛策を編み出しました。貸付金ですから、原則的に従業員は費用を返す義務を負います。ただし、会社が満足する一定期問勤務したときは、「返還を免除する」という規定を盛り込みます。早期退職した従業員が借りた金銭を返すのは、損害賠償に当たらないというロジックです。

しかし、これで万事、問題解決ではありません。裁判所は、たとえ形式的には貸付金契約であったとしても、労基法第16条違反に該当するケースもあると判示しています。違法性の有無の判断基準は、一般には「業務性」にあるといわれています(長谷工コーポレーション事件 東京地判平9・5・26など)。

本事件でいえば、2種免許の取得は業務に直結しています。従来の枠組みからいえば、貸付金契約の締結は違法の疑いが濃いと判断されそうです。

しかし、大阪地判は、より現場感覚に近い判決を下しました。ポイントは2つあります。第1は、「従業員が「実働800日乗務完了をもって、返還の義務を免除する」と記載された金銭消費貸借契約言に署名押印していた。会社は自動車教習所の費用明細書を示し、従業員はこれにも署名していた」点です。従業員は、契約の細部まできちんと説明を受け、異議を申し立てませんでした。

第2は、「教習を受けている間は会社業務に従事することもなく、他のタクシー会社に就職してもその資格が生かせるのであって、教習費についてはそもそも従業員が負担すべき費用を会社が代わって支出したにすぎない」点です。2種免許は「食いっぱぐれのない資格」で、自費で取得後に就職するのが一般的です。

こうした事情を総合的に考慮し、「返還合意が労基法第16条に違反することはない」という結論が引き出されました。

これは一地裁で出された判決で、別の裁判所(裁判官)はもっと「業務性」を重視するかもしれません。しかし、経営者にとって明るい光が射し込むような判決であるのは確かです。

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