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判例 チャット時間の賃金控除は不可 (2018年2月号より抜粋)

制止・指導した形跡がない 賃金返還請求をしりぞける

 

デスクワークの場合、自席にいても仕事に没頭しているとは限りません。本事件は、パソコンで私用チャット中の時間について、会社が過払い賃金の返還を求めたものです。判決文では、「チャットの時間を特定することは困難」であり、「私的利用を抑止する業務命令権も行使しなかった」という理由で請求を斥けました。

 

D社事件 東京地方裁判所(平28・12・28判決)


 

内勤業務の従業員は、昼休みを除くと、始業から終業まで職場内にいます。しかし、流れ作業のような業務でない限り、通常、労務の提供は「断続的」です。

 

最近の職場では、受動喫煙を防止するため、喫煙用の専用スペースを設けています。ヘビー・スモーカーは、「ちょっと一服」のために、頻繁に席を離れます。

 

自分の席にいる間も、同僚とのおしゃべり、私用メール、仕事と関係のないインターネット閲覧など、業務以外に費やす時間が少なくありません。

 

常識の範囲内であれば、上司も黙認を続けるでしょう。しかし、忍耐にも限度があります。

 

本事件で裁判を提起したのは、「私用チャット」を理由として懲戒解雇された従業員(Aさん)側です。しかし、被告となった会社(B社)側が「チャット時間に対応する過払給与の支払い」を求めたため、論点が思わぬ方向に拡大したものです。

 

本欄では、B社の主張を中心として、「労務不提供時間に対する返還請求が可能か」という問題を考えてみます。

 

Aさんの私用チャットは7ヵ月で5万回に及び、その内容も職場秩序を乱す不適切なものが大半でした。B社は、「労務提供がなかった時間については、賃金の支払義務はない」という常識的判断に基づいて、賃金の返還を要求しました。

 

しかし、裁判所の見方は「常識」とは異なります。労働基準法でいう労働時間とは、「使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう」と解されています。最高裁等も、「単に実作業に従事していないというだけでは指揮命令下から離脱しているとはいえず、労働からの解放が保証されている必要がある」という立場を採っています。

 

ですから、裁判所は本事件に関しても、「チャットは自席のパソコンで行われたものである」「B社が注意指導したことは一切なかった」「業務と関係のないチャットだけを行っていた時間を特定することは困難である」等の理由から、「指揮命令下から離脱していたということはできず、労基法上の労働時間に当たる(賃金の支払義務は免れない)」と判示しました。

 

自席での私的行為等については、上司等が適切に労働時間の把握・管理を行っていれば、賃金カットが可能なケースもあり得るでしょう。しかし、本事件についていえば、会社側が「業務命令権を行使せずに放置し、チャットの私的利用を抑止していなかった」という点が、致命傷になったといえます。