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みちのく銀行事件

(最高裁平成12年9月7日第一小法廷判決)

 

就業規則の変更により、55歳以上の行員の賃金削減を行ったことについて、多数労働組合の同意を得ていたが、高年層の行員に対しては、専ら大きな不利益のみを与えるものであり、救済ないし緩和措置の効果が不十分であったため、合理性が認められなかった。

 

就業規則の変更により一方的に不利益を受ける労働者については、不利益性を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な救済を併せ図るべきであり、それがないままに労働者に大きな不利益のみを受忍させることには、相当性がないとした。

 

【事案の概要】

 

Xら6名(少数組合の組合員でいずれも当時55歳以上の管理職・監督職階にあった)は、60歳定年制を採用していた東北地方の中位行Yの銀行員であった。Yは賃金制度の2度わたる見直しを行う際に、労組(従業員の73%が加入)の同意は得たが、少数組合の同意を得ないまま実施した。この変更に基づいて、専任職発令がXらに出され、Xらは管理職の肩書きを失うとともに賃金が減額した。Xらは、本件就業規則の変更は、同意をしていないXらには効力が及ばないとして、専任職への辞令及び専任職としての給与辞令の各発令の無効確認、従前の賃金支払を受ける労働契約上の地位にあることの確認並びに差額賃金の支払を請求する訴えを起こした。

 

【判決の要旨】

 

「就業規則の作成又は変更によって、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないこと、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されないこと、当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいうこと、労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容が必要なこと、その合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度等を総合考慮して判断すべきこと」以上は、当裁判所の判例(第四銀行事件等)の趣旨とするところである。

 

(他の地銀では従来定年年齢がYよりも低かったこと、Yの経営効率を示す諸指標が全国の地銀の中で下位を低迷していたこと、金融機関間の競争が進展しつつあったこと等を考慮した上で、)本件就業規則等変更は、Yにとって、高度の経営上の必要性があったということができる。

 

本件就業規則等変更は、(中略)これに伴う賃金の減額を除けば、その対象となる行員に格別の不利益を与えるものとは認められない。したがって、本件就業規則等変更は、職階及び役職制度の変更に限ってみれば、その合理性を認めることが相当である。

 

本件就業規則等変更は、変更の対象層、前記の賃金減額幅及び変更後の賃金水準に照らすと、高年層の行員につき雇用の継続や安定化等を図るものではなく、逆に、高年層の行員の労働条件をいわゆる定年後在職制度ないし嘱託制度に近いものに一方的に切り下げるものと評価せざるを得ない。

 

本件就業規則等変更は、多数の行員について労働条件の改善を図る一方で、一部の行員について賃金を削減するものであって、従来は右肩上がりのものであった行員の賃金の経年的推移の曲線を変更しようとするものである。もとより、このような変更も、前述した経営上の必要性に照らし、企業ないし従業員全体の立場から巨視的、長期的にみれば、企業体質を強化改善するものとして、その相当性を肯定することができる場合があるものと考えられる。しかしながら、本件における賃金体系の変更は、短期的にみれば、特定の層の行員にのみ賃金コスト抑制の負担を負わせているものといわざるを得ず、その負担の程度も前示のように大幅な不利益を生じさせるものであり、それらの者は中堅層の労働条件の改善などといった利益を受けないまま退職の時期を迎えることとなるのである。就業規則の変更によってこのような制度の改正を行う場合には、一方的に不利益を受ける労働者について不利益性を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な救済を併せ図るべきであり、それがないままに右労働者に大きな不利益のみを受忍させることには、相当性がないものというほかはない。本件の経過措置は、前示の内容、程度に照らし、本件就業規則等変更の当時既に55歳に近づいていた行員にとっては、救済ないし緩和措置としての効果が十分ではなく、Xらは、右経過措置の適用にもかかわらず依然前記のような大幅な賃金の減額をされているものである。したがって、このような経過措置の下においては、Xらとの関係で賃金面における本件就業規則等変更の内容の相当性を肯定することはできないものといわざるを得ない。

 

本件では、行員の約73%を組織する労組が本件第一次変更及び本件第二次変更に同意している。しかし、Xらの被る前示の不利益性の程度や内容を勘案すると、賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を大きな考慮要素と評価することは相当ではないというべきである。

 

専任職制度の導入に伴う本件就業規則等変更は、それによる賃金に対する影響の面からみれば、Xらのような高年層の行員に対しては、専ら大きな不利益のみを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、変更に同意しないXらに対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない。したがって、本件就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は、Xらにその効力を及ぼすことができないというべきである。