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日本ニューホランド事件

(札幌地裁平成13年8月23日判決)

 

会社と労働組合で組織される経営協議会の決定事項が就業規則として認められるかについて、少なくとも労働基準法第106条第1項の定める方法と同視し得るような周知方法が採られない限り、就業規則としての効力は認められないとした。

 

【事案の概要】

 

Yは、主に農業用トラクターの販売及び修理を目的とする株式会社であり、XはYの従業員であって、平成11年4月2日に55歳に達した者である。

 

YとA労働組合は、昭和63年2月26日開催の経営協議会で、定年を55歳から60歳に延長するとともに、55歳以降はそれまでと異なる賃金体系に移行し賃金が減額される旨の決定を行った。Yは、本件決定に基づき、55歳に達した月の翌月から、Xの賃金を減額した。

 

【判決の要旨】

 

(本件決定を、実質的な就業規則としての効力を認め得るかについて、)Yにおいては、就業規則とこれに基づく諸規程を1冊の冊子にまとめ、これを従業員に配布して、その周知を図っているところ、昭和63年2月26日開催の経営協議会の決定を受けてYが作成した同年3月1日付けの冊子に掲載された就業規則には、上記決定のうち定年延長に関する決定に沿った記載がされたが、55歳以降の賃金に関する本件決定に沿った記載は全くなく、平成8年3月1日付けの冊子に掲載された就業規則も、同様である。その結果、冊子に掲載された就業規則を見る限りにおいては、平成4年4月2日以降、定年は60歳となり、同定年に至るまで従業員は一律に、前記「就業規則所定の」賃金体系による賃金の支給を受けるものと解さざるを得ないようになった。

 

Yは、本件決定の内容がY代表者名義の文書及びA組合執行委員長名義の文書により、全従業員に周知徹底されている以上、本件決定は、実質的な就業規則として扱われるべきである旨主張するので、この点について検討する。

 

まず、Y代表者名義の文書とは、(経営協議会の決定内容を管理職に知らせるとともに、管理職を通じてこれを従業員に周知させることを目的とするものであること、就業規則は別途冊子で周知が図られていたこと、組合の執行委員長が組合員に宛てた文書であることから、)仮にこの文書により上記経営協議会の決定内容が上記管理職及び従業員に周知されたとしても、上記管理職及び従業員において、その決定内容が実質的に就業規則として扱われると理解するものと期待することは到底できず、そもそも、作成者のY代表者においても、そのような意図を有していなかったと認めるのが相当である。したがって、この文書により本件決定の内容が従業員に周知されたとしても、そのことから直ちに、本件決定が実質的な就業規則として扱われるべきであると解することはできない。

 

(A組合執行委員長名義の文書についても、決定内容の組合員への周知を目的とするものであること、就業規則は前記のとおり別途冊子で周知が図られていたこと、組合の執行委員長が組合員に宛てた文書であること等から、当該文書が組合員である従業員に配布されたとしても、そのことから直ちに、本件決定が実質的な就業規則として扱われるべきであると解することはできないとした。)

 

労働基準法106条1項は、就業規則について、「常時各作業場の見やすい場所に掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の命令で定める方法によって」労働者に周知させることを求めているところ、少なくとも同条項の定める上記方法と同視し得るような周知方法が採られない限り、就業規則としての効力は認められないものと解するのが相当である。しかるに、Y代表者名義の文書及びA組合執行委員長名義の文書はいずれも、昭和63年3月3日の日付であって、これらの文書がその日付のころにその名宛人に対して配布されたものと推認することはできるにしても、それ以外の時期において、これらの文書が配布されたり、また、その他の方法によって本件決定の内容が従業員に周知されたと認めるに足りる証拠はない。そうすると、昭和63年3月ころに在籍していた従業員はともかく、その後に入社した従業員については、本件決定の内容を知る由がなく、55歳以降の労働条件に関し、冊子として配布された就業規則によって判断することになってしまう。したがって、昭和63年3月ころに、Y代表者名義の文書及びA組合執行委員長名義の文書によって、本件決定の内容が当時の従業員の知るところとなったとしても、それだけでは、労働基準法106条1項の定める方法と同視し得るような周知方法が採られたということはできないから、この点においても、本件決定に、就業規則と同様の効力を認めることはできないといわねばならない。

 

Xは、本件決定当時、本件決定の内容を知っていたものと推認することができるにもかかわらず、XがYに対し、本件決定の内容について異議を述べた形跡は窺えない。

 

しかし、だからといって、Xが本件決定の内容について黙示の同意を与えたと解することは相当ではない。本件決定の内容を知らせるY代表者名義の上記文書に、異議のある者は名乗り出るよう促すような記載があれば格別、上記文書にはそのような記載は何もないのであるから、上記文書により本件決定の内容を知ったからといって、直ちにYに対して異議を述べなかったからといって、本件決定の内容について黙示の同意を与えたということはできず、本件決定が55歳以降の労働条件を定めるものである以上、これに対する異議は、55歳になって本件決定の適用を受けるまでに述べればよいと解するのが相当である。しかるところ、Xは、55歳になる前である平成11年3月2日、B総務担当部長に対し、本件決定に基づく賃金の減額は納得できない旨述べ、これに異議を述べたのであるから、Xは、本件決定の内容について黙示の同意を与えたということはできない。

 

以上のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、Yは、経営協議会の本件決定に基づき、55歳に達した月の翌月からのXの賃金を減額することができないというべきである。