ソニー・ソニーマグネプロダクツ事件
(東京地裁昭和58年2月24日判決)
労使慣行が一種の規範として労働条件を規律していたが、黙示的にも個別的な労働契約の内容になっていなかった場合における、就業規則による労使慣行の変更について、就業規則の不利益変更法理によって判断した。
【事案の概要】
Y社の就業規則には、従業員が3ヶ月間又は1ヵ年間精勤し、勤怠の事故が無かった場合(以下精勤という)には、会社は、3ヶ月精勤のときは3日、1ヵ年精勤のときは10日の日数に相当する褒賞を行い、その範囲内で希望する日数の褒賞休暇又は褒賞金を支給する。ただし、褒賞金の場合の1日分は超過勤務手当8時間相当分とする旨の規定がある。
Y社は、これまで、褒賞の保有日数に上限は設けてこなかったが、就業規則の変更により、年間発生日数(19日)を超える日数については、毎年3月に褒賞金として精算することとした。
Yの従業員であるXは、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算することのできる地位の確認を求めた。
【判決の要旨】
長期間にわたり、Yら会社は、従業員一般又は労働組合に対し、従業員が褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうることを前提とした種々の言動を行い、また、従業員一般に対し、褒賞について右のごとき取扱いを継続してきており、従業員一般も右取扱いを是認してきたのであるから、右取扱いは、従業員一般に対する一種の規範として制度的に就業規則に定めのない部分を補足し規律する役割をはたす労働慣行を形成し、従業員は右の労働慣行上、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうる地位を認められ、これを有していたものと解するのが相当であり(右労働慣行は、従業員一般に対する一種の規範として労働条件を規律していたにすぎないものと解されるので、右地位は、黙示的にも個別的な労働契約の内容にはなっていなかったものというべきである。)、選定者Xらも、従業員の一員として、右地位を有していたものと認められる。
そこで、本件就業規則の変更の効力が選定者Xらに及ぶかをどうかについて判断する。使用者は、就業規則の変更によって、労働者の既得の権利・利益を奪い、或いは労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該変更が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきである。そして、右合理性を考えるにあたっては、労働者が就業規則変更前に享受していた権利・利益の性質及びその内容、就業規則変更の必要性、変更内容、変更により労働者の被る不利益の程度、規則変更前の制度それ自体の合理性、不利益変更に伴う見返り措置の有無及びその内容、変更に至るまでの使用者と労働者との交渉の経緯等諸般の事情を総合考慮するべきである。そこで、以下、右諸般の事情について考察する。
Yら会社の従業員が本件規則変更前に享受していた利益は、使用者が一定の取扱いを事実上継続してきたことにより慣行上認められた地位から生じたものにすぎないこと、また右利益は基本的な労働条件に関するものであるということはできないこと、本件規則変更により従業員が被る不利益は必ずしも重大なものとはいえないこと、本件規則変更は、必ずしもその経済的必要性がないということはできないこと、従業員は褒賞をいつまでも保有し、これを発生(精勤)時期とはかけはなれた時点で褒賞休暇として使用することができるという本件規則変更前の制度は、あまり合理的ではないこと、本件規則変更には見返り措置があり、従業員は本件規則変更により被る不利益をこの見返り措置により相当程度補うことができること、Yら会社は、褒賞の保有日数の制限に関し、労働組合との交渉を重ね、その結果、5労組とはその旨の合意に達したこと、従業員の多くは本件規則変更を了承していること及びYら会社の本件規則変更当時の労働条件は電機業界の他社と比べて良好であったことを総合すると、本件規則変更にはやむをえないと是認しうる合理性があるという事ができる(中略)。
したがって、本件規則変更の効力は選定者Xらに及ぶ。
よって、選定者Xらは、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうる地位を本件規則変更により失ったということができる。