判例―就業規則と退職金― (2003年5月号より抜粋)  
   

 

 
 

「形だけ」は言い訳にならない

E事務所事件 東京地方裁判所(平13・6・26判決)

現実の労働条件と就業規則の条文と、食い違いがあるのはよくある話です。本事件では、形式的に作成し、労働基準監督署に提出した規則には、退職金の規定がありました。それに基づき退職金の請求が出され、会社は支払いを拒否しましたが、裁判所は就業規則の効力を認めました。規則の整備を怠っていると、とんでもない結果が待ち受けているという実例です。

従業員10人以上の事業場には、就業規則の作成義務があります。しかし、必ず記載が必要な絶対的必要記載事項は、就業時間、賃金、退職の3つだけです。退職金の定めのない会社で、就業規則に退職金の規定がなくても、法違反でもなんでもありません。

しかし、他社の就業規則を丸写しにしたのでしょうか。本件で被告となった会社では、就業規則の体裁を整えようとしたときに、ご丁寧に退職金の規定まで盛り込んでしまったのです。

会社側主張によれば、「労働基準監督署に届出た就業規則は形式的なもので、会社も従業員(原告社員も含め)もその法律的な効力を有しないことを認識していた」ということです。

本事件は、横領が疑われる従業員に対し、会社が退職金を払わずに解雇しようとしたものです。従業員は横領の容疑を否認しましたが、会社の剣幕に押されて一旦は退職金の不払いに同意しました。しかし、後で決心を翻し、会社規定に基づく所定額の退職金支払いを求めて、裁判を起こしました。

「退職金を定めた就業規則は形式的なもの」という会社の申し立てに対し、裁判所は次のように述べて、規則の有効性を認めました。「どのような動機から本件就業規則を作成したものであっても、会社が自らの意思で、会社とその社員との間の労働契約関係に関するものであるとしてこれを作成し、労働基準監督署に対して提出したものである以上は、特段の事情が認められない限り、その内容は会社とその従業員との間の労働契約の内容として効力を有する」。

労基法に定めた就業規則作成の義務を果たすためという動機は、確かに、不純なものです。しかし、その動機に関わらず、労働基準監督署提出という形式行為を行ったら、その後の言逃れはできないということです。

裁判所は、就業規則は有効という前提に立ち、「本件就業規則等においては会社の従業員に対する退職金の支給条件が明確に規定されているのであるから、会社は従業員に対してそれに基づく退職金の支払い義務を負担する」と判示しました。

退職金不払いの合意があった点についても、「会社代表者の脅迫行為に基づくものであり、退職金の支払いを求める権利を失わない」と会社側主張を退けました。従業員側のほぼ一方的な勝利といえます。

就業規則の見直し等を放置していると、このように思いもかけないトラブルに発展しかねません。早い機会に、全面チェックして置くようにお勧めします。

就業規則の策定・見直しのススメ

 

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