判例 内定者に研修強制はできない (2006年1月号より抜粋)  
   

 

 
 

理由あれば免除を 解約は信義則違反に

新卒正社員の場合、入社日が4月1日でも、それ以前に入社前研修を実施するのが世間常識になっています。そもそも会社に研修を命じる権利があるのか、学生が拒否したらどうなるのかは、難しい問題です。本事件では、学業を理由とする不出席については、「会社は受講を免除する信義則上の義務を負う」と判示されました。

S会議事件 東京地方裁判所(平17・1・28判決)


最近、学生の就職活動は前倒しの傾向が進み、1年も前に早々と就職が「内定」するケースも珍しくありません。会社は、内定者と密接な関係を保つため、社内報を送付したり、レポートの提出を要求したり、あの手この手を尽くします。内定後、翌年4月に正式入社するまでの「宙ぶらりん」の期間を、法律的にどうとらえるべきでしょうか。

一般に、内定は、「解約権留保付始期付労働契約」と解されています。内定の段階で労働契約は成立するものの、一定事由に該当する場合の解約権が留保され、しかも将来のある時点に始期が設定されているという意味です。しかし、事案によって、「始期」の解釈が2タイプに分かれます。

第1は、契約の効力は内定と同時に発生するが、「就労の始期」が別に定められているとする立場。

第2は、契約の効力そのものが採用日に発生するという立場、つまり「効力発生の始期」が定められているとするものです。

いたずらに話を複雑にしているようですが、実は研修の問題を考える際、この2つの区別が欠かせないのです。「就労の始期付」契約なら、会社側は研修を命じる権利を有します。「効力始期付」なら、採用日まで権利は生じません。

そこで、本事件の経緯をみてみましょう。大学院生Aは、会社から内定通知書を受け、入社承諾書、誓約書を差し入れました。会社側担当者は、10月から2週間に1回、2、3時間の研修に参加する必要があると説明し、Aもこれに同意しました。

しかし、現実には、研修出席だけでなく、1、2日を要するレポート提出も求められ、大学院生としての論文作成と両立は難しいという状況が発生しました。

Aは就職を世話した担当教授を通じて研修免除を要請し、会社の了解を取り付けましたが、入社間際になって研修不参加を理由とするトラブルが発生しました。会社側は実質的な内定取消しを通告し、Aはこれに対し、損害賠償を求める裁判を起こしました。裁判所は、本件は「効力始期付」の契約で、つまり会社に研修を命じる当然の権利はないが、A本人が同意したことにより義務が発生したと認定しました。

しかし、「使用者は、学業への支障といった合理的な理由に基づき、研修等への参加を取りやめる旨申し出たときは、これを免除すべき信義則上の義務を負っている」と判示し、損害賠償請求を命じています。

「入社前研修はどこの会社でもやっている」のは周知の事実ですが、不出席者が出た場合、処罰は慎重に検討すべきです。

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