判例 習得技能は競業避止義務の対象外 (2006年6月号より抜粋)  
   

 

 
 

日常作業で自然習得した技能 企業秘密に該当せず

市場競争力を維持するため、会社は経営ノウハウの保持に神経を尖らせます。従業員が同業他社へ転職した場合には、往々にして「競業避止義務違反」と主張し、待ったをかけようとします。しかし、在職中に身に着けた知識・技能は、従業員の保有物です。裁判所は、「かつら美容」の従業員について競業避止の対象にはならないと判示しました。

A社事件 東京地方裁判所(平17・2・23判決)


現代企業にとって、営業・経営ノウハウやブランド(商標)等は、設備・資金等に劣らず重要な経営財産です。このため、不正競争防止法も強化が図られ、昨年11月1日にも改正法が施行されたばかりです。改正法では、新たに「在職中に営業秘密の開示の請託を受け、その職を退いた後に開示した者」も、処罰の対象に加えられました。

会社は、経営ノウハウの防御策として、従業員に対し「競業行為」や「秘密漏洩」を禁止する約定を結ぼうとします。しかし、特に競業行為禁止については、憲法第22条「職業選択の自由」に抵触するおそれがあり、トラブルの種になっています。

本事件は、かつら利用者への理容・美容等を営む会社で、店長・カウンセラー等5人が退職し、同業他社へ転職した事案です。5人は、退職時に「競業会社への就職、役員就任、独立営業などをしない」という誓約書を差し入れていました。当然、会社は競業避止義務違反等を理由として、訴訟を起こしました。

「誓約書を取っていれば裁判に負けるはずがない」、そう考えがちですが、判決文では「競業避止に関する合意は、その性質上、十分な協議がされずに締結される場合が少なくなく、競業行為を制約する合理性を基礎付ける必要最小限の内容に限定して効力を認めるのが相当である」と述べました。

必要最低限の範囲を確定する際には、「従業員の業務の内容、使用者が保有している情報の性質、従業員に対する処遇や対象の程度等の事情を総合判断」すべきことはいうまでもありません。

そのうえで、「使用者の保有している特有の技術上又は営業上の情報等を用いる業務が対象であると解すべきであり、従業員が就業中に得た、ごく一般的な知識・経験・技能を用いることによって実施される業務は、対象とならない」という判断基準を示しています。

労働流動性が高まっている現在では、従業員がある会社で習得した知識・技術を使って転職し、自らのキャリア・アップを図るのは日常的な話です。「日常的な業務遂行課程で得られた知識・技能は、従業員が自由に利用することができる性質のものであると解される」という裁判所の立場は社会常識とも一致します。

経営者なら誰でも、「うちだけにしかできない商売のやり方」があると自負しているでしょう。しかし、「それを外で使うことは、一切認めない」、そういう約束を結ぼうとしても、法律的に認められるものではないようです。

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