判例 安全帯を使用せず労災事故 (2008年2月号より抜粋)  
   

 

 
 

墜落死でも民事賠償命ず 事業主にも5割の責任

高所作業では安全帯の着用等の措置が必要になりますが、労働者のなかには「面倒だ」と嫌う人もいます。腕に覚えのある職人さんほど、そういう傾向があるようです。安全帯なして墜落事故が発生したとき、誰が責任を負うのでしょうか。本事件では、事業者の監督責任を認めたうえで、本人の過失相殺で損害賠償額を5割減じるという「痛み分け」の判断が下されました。

T塗装工業事件 東京高等裁判所(平18.5.17判決)


安全帯に関する規定は、労働安全衛生規則のほか、クレーン則、酸欠則などあちらこちらにちらばっています。代表例は、安衛則第518条で「事業者は、高さが2メートル以上の箇所で作業床を設けることが困難なときは、安全帯を使用させる等の措置を講じなければならない」と定めています。一方、第520条では「安全帯の使用を命じられたときは、これを使用しなけれはならない」と労働者側の義務も明確にしています。

本事件では、一応、下請会社の社長等が元請会社を訴える形となっています。しかし、特に建設業では、請負契約を結んでいても、実質は雇用契約にほかならないというケースが少なくありません。本事件でも、裁判所は使用従属関係があったと認定しています。ですから、雇い主と労働者という関係を前提に責任の有無を判断しています。

元請会社は、塗装工事を下請業者に任せるに当り、「ヘルメット、安全帯、登山用ザイル(安全帯の親網)等を貸与し、それを着用するよう」指示していました。ところが、下請会社の社長、長男、従業員は着用を怠っていました。

作業中、突然、従業員の姿が消え、「転落を予測できる状況」下で、他の2人も救助を焦り、転落するという事故が起きました。従業員は死亡、他の2人も受傷しました。

安衛則では、「使用を命じられたら従う」よう求めています。元請会社としては、器材を貸与し、着用するよう指示をしたのだから、自分の責任は果たしたといいたいところでしょう。死亡した方にはお気の毒ですが、「自ら招いた災難」です。

しかし、裁判所は、「(現実に)安全帯の着用を徹底させるべきであったのだから、会社は安全配慮義務を尽くしたということはできない」と判示しました。

ただし、「被害者にも相当程度の過失があったというべき」であるから、過失割合を5割(一審は7割と判断。本裁判はその控訴審です)と認定しました。

実は、元請会社では、同じ工事で1ヵ月前にも転落死亡事故を起こしていました労働基準監督署から指導を受け、「とりわけ安全帯の着用については具体的な改善策を図示した書面を提出し、誓約して」いました。この点を重くみて、過失割合を五割に減じたものです。

会社としては、「着用するように」と指示するだけでは足りず、現実に着用状況を確認し、違反者には厳正な態度を取ることが求められます.「義務を尽くす」とは、実に大変なことです。


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