判例 内規に基づき昇給義務が発生 (2011年9月号より抜粋)  
   

 

 
 

企業業績による昇給停止規定の効力を否定

定昇制度を設ける会社では、「会社業績によっては定昇を停止することがある」旨の規定を設けるのが一般的です。本事件では、会社側がこの規定に基づき昇給停止を決定しましたが、裁判所は恣意的な制度運用であるとして昇給請求権を認めました。不誠実な団交態度を理由に、不法行為による損害賠償も命じています。

S機材事件 干葉地方裁判所(平22・3・19決定)


日本では、年1回、春に賃上げを実施する企業が大多数を占めます。仮に、企業業績が悪化し、賃上げを凍結した場合、企業は「約束違反」を問われるのでしょうか。この問題の答えは、基本的には、「就業規則の定め方いかんによる」というものです。

一般論としては、就業規則(賃金規定)中に賃金テーブルを設けるなど、具体的な昇給金額が示されている場合、昇給請求権が認められています。それに対し、就業規則中に「毎年、3月○日に昇給させる」等の抽象的規定があっても、「具体的昇給基準の定めがなければ、昇給の実施義務もない」(高見沢電機製作所事件、最判平15・10・10)という結論となります。

本事件では、就業規則に具体的基準は存在しませんでしたが、内規(並存型職能給の運用規定)により、昇給額の計算が可能でした。裁判所は、「内規に基づく昇給を約束する黙示の合意が成立していた」と判示し、昇給請求権を認めました。

本件で、被告会社の昇給規定には「事業の情勢によって昇給を停止することがある」旨の例外規定が設けられていました。具体的な昇給額の計算が可能でも、本規定を発動すれば昇給を停止できる理屈になります。しかし、判決文では「昇給の停止により、従業員が被る経済的不利益は大きいことを勘案すると、事業の情勢によって昇給を停止するとの規定が適用されるのは、被告の裁量によるものとすることは相当ではない」と述べ、次の3要件を考慮したうえで、停止の可否を決定すべきという実務的な判断基準を示しました。

  1. 昇給停止が必要な会社側の必要性の内容、程度

  2. 昇給停止の内容、それにより従業員が被る不利益の程度

  3. 労働組合との交渉経過等

ちなみに、労働組合側の要望にも関わらず、例年の団交の場に社長は出席せず、「担当者」と交渉するスタイルが採られていました。労組側が「担当者」に対し、「貴職は組合の話を聞いて役員会議に持ち帰るだけではないのか」と問いかけたところ、「担当者」は「そうだ」と答えたということです。

裁判所は、こうした会社側の対応は誠実交渉義務に違反し、不法行為に当たると判断し、損害金30万円の支払いを命じました。団交の席で、会社側担当者が「私にはこの場で決める権限がない」と逃げを打つのは、いわば常套手段です。しかし、初めから「何も決める気持ちがなく、権限の移譲も受けていない」という場合、不誠実団交とみなされる可能性が高いのです。

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