判例 閑職配置で冷遇に損害賠償を命ず (2012年1月号より抜粋)  
   

 

 
 

技術向上の機会を奪う 公序良俗に反する人事

個性の強い従業員が経営層に盾ついた結果、「仕事を干される」ケースが往々にしてあります。いやがらせの一種ですが、賃金カット等の直接的・経済的不利益が生じるわけではありません。従業員側が「まともな仕事をやらせてほしい」と要求した場合、会社側に応じる義務はあるのでしょうか。本事件は、この根源的な問いに対する一つの回答です。

H医科大学事件 大阪高等裁判所(平22・12・17判決)


どこの職場でも1人や2人、自己主張が強く、職場の秩序を乱しがちな従業員がいるものです。上司がコントロールしきれない場合、会社は1つの閉ざされた社会ですから、異分子の排除という方向に進みがちです。

本人に明らかな落ち度があれば出勤停止等を命じ、賃金の支払いをカットすることができます。しかし、懲戒の名目が立たない場合、就労の拒絶は無謀なやり方です。

そこで、広く採用されているのが、「閑職へ追いやる」「自主研修を命じる」等の方法です。表面上は懲戒ではなく、業務内容の変更という形を採り、賃金も以前と同じように支払います。しかし、従業員に与える精神的な圧力は小さくありません。会社側は、本人が耐えきれなくなって、辞表を提出するのを、じっと待ちます。

本事件で舞台となったのは、大学病院です。古参教授の定年退職に伴い、後任者の選挙が実施されることになりましたが、勤務医師の1人(A医師)が内部的な根回しをしないまま立候補し、古参教授等の逆鱗(げきりん)に触れてしまいました。この事件以来、A医師はまず教育担当・臨床担当から外され、次に外部派遣の対象からも除外され、10年以上にわたり自主研究活動に専念するほかない状況が続きました。そこで、「臨床技術を維持向上できず、教授等に昇進したり他病院に転出する機会を奪われた」と主張し、損害賠償を求める裁判を提起しました。

大学病院側は、「A医師は協調性がなく、医師としての資質に欠けていたから、臨床担当等から外したもので、人事権の行使として著しく不合理であるとはいえない」と反論しました。裁判所は、「資質に欠けていると判断するのであれば、問題点を具体的に指摘したうえで改善方を促すべきで、具体的な改善指導を行わず、いわば医師の生命ともいうべきすべての臨床担当から外し、その機会を全く与えない状態で雇用を継続したのは、およそ正当な雇用形態とはいえない」と述べ、損害賠償を命じました。

一般論として、経営サイドは入事配置権に関し広範な裁量権を持ち、賃金をキチンと支払ってさえいれば、従業員側に「就労請求権」はないといいます。しかし、だからといって従業員の人格を踏みにじってよいはずがありません。本事件では、医師という専門性の高い職種であったという特殊性も判決に影響していますが、人事配置の決定に当たっては「合理的な目的の範囲内で、かつ公序良俗に反しない限度で裁量権を行使すべき」と肝に銘ずべきでしょう。

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