判例 賃金の減額と黙示の承諾 (2012年7月号より抜粋)  
   

 

 
 

会社が賃金減額を通告 退職まで意思表示を留保

賃金在引き下ける際には本人同意を取り付けるのが原則です。経営側には「黙示の同意があった」と主張する奥の手がありますが、裁判所が認めるのはレア・ケースです。本事件で、従業員側は2割カット後の賃金を3ヵ月間、「黙って」受け取っていましたが、判決文では「同意の有無は慎重な判断が求められる」と述べ、会社側敗訴となりました。

G社事件 東京地方裁判所(平23・5・17判決)


会社と従業員では、力関係に大きな差があります。無茶な労働条件を押し付けられても、クビが恐ろしくて表立って不満を述べないケースも少なくありません。未払い残業の問題なども、従業員が退職した後で、裁判所に訴えるパターンが一般的です。

本事件でも、会社側が役職者全員を対象として賃金の20%カットを一方的に通告しましたが、原告従業員はその場で明確な態度を示しませんでした。2ヵ月余りが経過した後、従業員は退職を決断し、同意のない賃金減額は無効であると裁判所に訴え出ました。

会社としては、3ヵ月間、特に抗議することもなく賃金を受け取っていたのですから、今さら「同意した覚えはない」といわれても納得できません。

契約の締結・変更等の法律行為は、本人の意思表示に基づき行われます。一般論を述べれば、特殊な事情のもとでは、沈黙によって効果意思を表示する黙示の意思表示も認められます。

民法第93条(心裡留保)では、表示者が内心(真意)と異なる意思表示をしたときであっても、その効力は妨げられないとしています。「心の中で」賃下げに反対していても口に出さず、黙って賃金を受け取れば、同意とみなされても仕方ないという主張にも、一理あるといえます。

しかし、裁判所は会社側の手続上の不備を指摘します。

労働契約法第4条第2項では、「労使は、労働契約の内容について、できる限り書面により確認するものとする」と規定しています。しかし、今回の賃下げをめぐっては、「明示的な回答を求めた会社側が、本件賃金減額についてのみ、原告の明示的な同答を得ないまま、単に幹部会議から退席しないとの事実をもって確定的な合意が成立したもの」として処理しています。

さらに、会社は「本件賃金城額に際し、就業規則または給与規定の改定」を怠っていたのですから、何をかいわんやです。判決文では、「就業規則に基づかない賃金減額は、賃金債権の放棄と同視すべきものであることに照らせば慎重な判断が求められ、黙示の承諾の事実を認定するには、明示的な承諾を求めなかったことについての合理的な理由が求められる」と述べています。減額された賃金をそのまま受け取っていた点についても、「その期間が3ヶ月余りに過ぎないこと等を考慮すると、追認がされたと認めることはできない」と判断しました。

「黙示の同意」という法律用語は、活用の場が厳しく限定されると知るべきでしょう。

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