判例 出向先情報も守秘義務の対象 (2012年8月号より抜粋)  
   

 

 
 

顧客リストを持ち出し 漏えい者に賠償命じる

営業機密の漏えいは企業の死活を左右しかねません。本事件は、在籍出向社員が出向先で引き起こしたものです。出向元会社では守秘義務等の規定が設けてありましたが、出向先の秘密が含まれるか否かが問題となりました。裁判所は、行為の悪質性等も踏まえ損害賠償を命じましたが、賠償額は高いとはいいがたいレベルにとどまりました。

H社事件 東京地方裁判所(平23・6・15判決)


事案の内容は、どちらかというと単純です。営業機密を手土産に、競業他社の役員に就任するというよくあるパターンです。

問題の社員(被告社員)は、不動産賃貸の管理受託を業とする会社(原告会社)に、在籍出向という形で勤務していました。出向元企業に退職願を提出すると同時に、出向先で入手した顧客情報(不動産の管理を委託するオーナーの連絡先)を自宅に送信しました。

役員に就任した競業他社(新規設立)は、その情報を使って、不動産のオーナーに「管理の委託先を当社に切り替えませんか」という提案を行いました。その結果、営業をかけた49物件のうち、14物件の切り替えに成功しました。

原告会社にとっては、大打撃です。問題の社員と競業他社を相手に、守秘義務・競業避止義務違反、不法行為に基づく損害賠償を求めました。

しかし、思わぬ障害が立ちはだかりました。出向元の会社では、就業規則で守秘義務と競業避止義務を規定していました。しかし、社員側は「就業規則に基づいて、競業避止義務を負うとしても、出向元に対して負うのであり、出向先に対して負うものではない」と主張しました。

裁判所は、「本件就業規則は、当該規定が仮になくとも労働契約上の付随義務として負担すべき義務を定めたものと解されることから、被告社員は本件就業規則が定める内容の守秘義務及び競業避止義務を原告(出向先)との関係においても負担していた」と認定しました。

ただし、「賃貸・建物管理契約の解約は原則自由であり、競業他社との自由競争に委ねられているという意味で、契約継続の期待は不安定なものであり、損害賠償額は出向先が得られる粗利(2年間分)の1割に相当する」という判断が下されました。これは、原告会社にとっては、不満足な金額といわざるを得ないでしょう。

本事件では、被告社員は退職願記載の退職日以前に、フライング気味に他社のための営業行為を始めていました。退職後であれば、在職中のように当然のこととして守秘義務・競業避止義務を負うとみなされるとは限りません。退職後の行為でも、態様が悪質であれば不正競争防止法等に基づき、損害賠償や信用回復の措置等を求めることもできます。

しかし、すべての被害を認定してもらえるとは限りません。企業秘密に接する立場の社員が入社する際には、守秘義務・競業避止義務の誓約書提出を求める等、万全の対策を講じるべきでしょう。

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