判例 チカンで諭旨解雇は行きすぎ (2015年10月号より抜粋)  
   

 

 
 

示談せいりつせず処分へ 社規に囚われ酌量欠く

自社従業員が痴漢事件を引き起こした場合、会社の体面を考えて、過剰反応に走りがちです。本事件では、駅係員が乗客相手に痴漢行為に及んだのですから、なおさらです。しかし、「示談が成立しないとさは諭旨解雇」という規定に従い、短兵急に解雇処分を下したのは酷であるとして、裁判所は加害者側主張の一部を容認しました。

Tメトロ事件 東京地方裁判所(平26・8・12決定)


会社の就業規則は、就労形態・業種・職種によってさまざまなバリエーションがあります。中でも懲戒処分・解雇処分に関する規定には、業種の特性が色濃く映しだされます。たとえば金融機関であれば、お金の扱いに関して詳細な規定が設けられています。金銭にまつわる不正は、厳正な処分の対象となるはずです。

本事件の舞台となったのは、地下鉄を運営する会社です。駅係員の就労態度は会社のイメージを大きく左右しますから、会社が従業員に求める基準も当然に厳しくなります。駅係員が痴漢行為に及ぶなど、あってはならないことです。

しかし、痴漢の場合、「冤罪事件」も頻発しています。逮捕されたからといって直ちに処分すると、後々、もめるおそれも否定できません。本事件で、会社Aは「従業員が起訴された場合は諭旨解雇、不起訴処分となった場合は停職にとどめる」という運用ルールを採っていました。

駅係員Bさんは、通勤電車内で未成年女性の身体を触ったという嫌疑で逮捕されました。Bさんは「不起訴なら停職」という運用基準を意識したのでしょうか、痴漢行為の存否は争わず、起訴猶予を目指す戦略を選択しました。

しかし、被害者の母親の理解を得られず、示談は成立しませんでした。結果として、簡易裁判所で罰金の略式命令を受けました。ちなみに、本事件がマスコミで報道されることはありませんでした。

会社Aは、運用基準に従って諭旨解雇処分を決定しましたが、Bさんは処分が重すぎるとして、地位保全・賃金仮払いを求めて仮処分を申し立てました。

裁判所は、「駅係員という立場にあるにかかわらず、本件行為に及んだことは、会社Aの社会的評価の段損をもたらすものといえ、そのことは報道の有無に左右されるものではない」と断じました。

しかし、会社側が「起訴・不起訴以外の要素を十分に検討した形跡がうかがわれない」点を問題視しています。「軽微な罰金20万円の略式命令処分にとどまった」ことに加え、「示談を成立させることができなかったことはBの配慮ではいかんともしがたいところ」である点等を考慮し、諭旨解雇は重きに失すると結論づけました(賃金仮払いは認めましたが、地位保全は却下)。

処理基準を定めるのは大事なことですが、それに囚われ、他に酌量すべきさまざまな要素を失念すると、足元をすくわれます。懲戒処分の決定に際しては、「木をみて森をみず」的な対応にならないよう自戒すべきでしょう。

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