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判例 退職時の引継ぎ不十分 賠償無効 (2018年5月号より抜粋)

うつ病退職者に報復措置 損害が無いのは明らか

 

「突然の退職者」への対抗策として、「引継ぎを完了するまで退職を認めない」などと足留めを図る経営者も少なくありません。本事件で、会社は、引継ぎが不十分だったという理由で、1,000万円超の損害賠償を求めました。しかし、裁判所は「そんな損害が生じていないことは通常人なら容易に分かる」と請求を一蹴しています。

 

IT会社の事件 横浜地方裁判所(平29・3・30判決)


 

慢性的に人手不足の職場では、1人欠員が出れば、業務に大きな支障が生じます。やむを得ない事情で退職するにしても、少なくとも「引継ぎ」だけはキチンとやってもらわないと困ります。

しかし、往々にして、退職者は「年休の残日数から逆算して、退職日を決定」し、退職願を提出して来ます。ですから、引継ぎに使える日は、ほとんどないという結果になります。

引継ぎを完了させるために、会社はあれこれ頭をひねります。本事件はIT関係の会社(A社)を舞台とし、退職者Bさんはシステムエンジニアでした。

A社では、「突然の退職者発生」という問題に業を煮やしていたのでしょう。就業規則では、「少なくとも90日前までに退職願を届け出ること、会社の承認があるまで従前の業務に服さなければならず、引継ぎの義務があり、退職まで90日ない場合は、退職日までの日数に応じて基本給を3~7割引き下げる」旨、定めていました。

前記就業規則の妥当性はともかくとして、こうした厳しい規定を設けていても、急な退職者は発生します。

Bさんは、4月1日付で入社しましたが、その年の12月21日に、「躁うつ病を理由に、翌年1月末付で退職したい」と願い出ました。話し合いの結果、翌日から出社せず、12月25日付の退職願を郵送しました。

一件落着のようでしたが、Bさんの転職が発覚し、A社の態度が硬化します。「虚偽の事実をねつ造して退職し、業務の引継ぎをしなかったことは不当行為に当たる」と主張して、1,270万円の賠償を求める裁判を起こしたのです。

しかし、裁判所は2つの理由からB社の請求を斥けました。まず、躁うつ病という点については、医師の診断等を踏まえ、「虚偽とはいい難い」と述べています。次に、「民法所定の期間(原則2週間)経過後は、躁うつ病であるかどうかにかかわりなく、雇用の解約申入れの効力が生じるのであるから、取引先から契約内容の見直し(増員の取消等)があったとしても、Bさんの行為と因果関係は認められない」と判示しました。

判決文では、「A社の損害賠償請求は事実的・法律的根拠を欠き、通常人であれば容易にそのことを知り得たと認められる」と辛らつに批判しています。

裁判所は、逆に会社側に対して100万円の慰謝料等の支払いを命じました。「引継の不十分さが理由で損害が生じた」という主張はもっともらしく聞こえますが、裁判で認定してもらうのはなかなか難しいと知るべきです。