判例 2店舗兼務で役員の責任を問う(2018年11月号より抜粋)
過労死遺族が訴えを起こす「善管注意義務」に違反
本事件は、課長代理が同時に2店舗の店長も兼任し、不整脈で死亡したという事案です。裁判所は、会社の安全配慮義務違反のほか、取締役の善管注意義務違反も認めました。一方、従業員本入についても、心疾患の手術歴があったにもかかわらず、禁煙等の健康管理を怠っていたとして、3割の過失相殺が相当としています。
T屋事件 津地方裁判所(平29・1・30判決)
過労死事件が起きると、第一義的に責任が追及されるのは「使用者」です。しかし、本事件では、併せて取締役と従業員本人の行動も問題とされています。
事件の舞台となったのは、菓子等の製造・販売および飲食店の経営を行うA社です。
A社の課長代理Bさんは店舗の店長も兼務していましたが、過労死の10ヵ月前には、2つ目の店舗の店長に任命されました。心理的な負担が大きいうえに、時間外労働数も飛躍的に増大し、直前6ヵ月の平均は112時間に達していました。
直前1ヵ月には兼務が解消されたため、時間外は60時間まで減少しました。しかし、悲劇はそこで発生しました。致死性不整脈で二度と帰らぬ人となったのです。
安全配慮義務違反の有無を判断する際、予見可能性と結果回避可能性が問題になります。「3つのポストを兼任させれば、過労でダウンする」という結果は、誰でも予想できるところです。
基本的には、安全配慮義務違反の主体は使用者(法人の場合は法人)であり、従業員は「履行補助者」という立場になります。しかし、取締役については、別に会社法に基づき、責任が問われるケースがあります。
会社法429条1項では、「役員等が職務を行うについて悪意または重大な過失があったときは、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う」と規定しています。A社の代表取締役および他の2人の取締役は、欠員が生じた際に兼任という安易な方法で対処する一方で、長時間労働の報告等も受ける立場にありました。
このため、裁判所は「会社が安全配慮義務を履行できるように業務執行すべき注意義務を負担しながら、これを放置した任務懈怠があった」として、損害賠償義務を認めています。
一方で、過労死したBさんの側にも、健康軽視と受け取られるような行動が見受けられました。虚血性心疾患、高脂血症等の既往症に加え、冠動脈バイパスの手術歴もあったのに、医師の指示等に従おうとしませんでした。
判決文では、「禁煙の勧奨にもかかわらず喫煙を続けていた」「食事制限もせずに脂っこい食事を日常的に摂取していた」等の事情を考慮し、3割の過失相殺が相当と述べています。
過労死を防止するためには、社内啓発を推進する必要があります。取締役や従業員本人に対しても、「落ち度があれば、損害賠償の額に影響が及ぶ」点について注意喚起を図るべきでしょう。