判例―競合会社に転職した社員に賠償― (2003年1月号より抜粋)  
   

 

 
 

身勝手な転職者に賠償を請求

「退職後、一定期間、競合他社に就職しない」という約束を、競合避止特約といいます。約束違反は、退職金減額で対応するのが普通ですが、ヘッドハンティングの時
代、入材の流動速度も速まっています。本事件では、約束を破って同業他社へ転職した社員に対して、500万円の賠償金支払いが命じられました。

事件の舞台は、新商品の開発をめぐって各社がしのぎを削るコンピュータ業界です。被告の元社員は、原告会社に営業統括マネージャーとして就職、翌年には営業統括上席常務に抜擢されました。しかし入社後10ヵ月にして退職、ライバル会社のマーケティング統括部長に就任しています。まさに生き馬の目を抜くようなルール無用の職業人生です。

原告会社は、営業統括マネージャーという重要ポストを任せるに当たって、当然の企業防衛策として、誓約書を交わしました。「競業避止特約」と記された誓約書の文面は、「貴社の競合先となる会社へは、貴社の退職後1年間は直接、間接を問わず、一切関わらないこと」というものでした。

特約に反した場合、退職金を減額する旨の規定を設けるのが、一般的です。有名な三晃社事件(最高裁・昭52・8・9判決)では「同業他社へ転職する者には自己都合退職者の半額の退職金を支給する」という規定が、有効と認められています。

しかし、本件のように、在職わずか10ヵ月で転職するような場合、退職金はあってもわずかです。その減額は、約束違反に対する有効な抑止力にはなり得ません。会社としては、より一歩踏み込んで損害賠償請求を起こすしかありません。

判決では、まず一般論として、「退職後の競業避止義務についての合意を無限定に認めると、被用者の退職後の職業選択の自由を不当に制約することになりかねず、その合意は必要かつ合理的な範囲に限って効力が認められる」と述べました。そのうえで、「原告会社の重要な営業秘密を知りえる立場にあった被告に対し、原告の営業秘密を保護する趣旨で、退職後の一定期間、競業避止義務を課すこと自体は必ずしも不合理ということはできない」と判示しました。

損害賠償額の確定は難しい問題ですが、民事訴訟法第248条に基づき500万円と決まりました。

248条は、「損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる」というものです。

それにしても、被告社員は、誓約書があるのに、なぜ無謀な転職に踏み切ったのでしょうか。被告は、「誓約書は、抽象的な訓示規定に過ぎない」という論拠で対抗しようとしたのですが、裁判所は「期間を1年と定めるなど具体性がある」と却下しました。ここに至って、さしもの豪腕社員も、刀折れ矢尽きる形で敗北したわけです。

 

 

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