判例 仕度金の返還義務はない (2004年4月号より抜粋)  
   

 

 
 

仕度金もらって半年で退職 賠償予定にあたる

高度人材のヘッドハンティングが活発化すると、法的に新しい問題も浮かび上がってきます。会社は入社に当たって支度金(サイニングボーナス)を支給しましたが、本入は半年足らずで自己都合退職してしまいました。

支度金の返還を請求できるかが焦点でしたが、裁判所は「賠償予定の禁止」に違反すると判断しました。

東京地方裁判所(平15・3・31判決)


労基法第16条では、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と定めています。平たくいうと、「勝手に辞めるときでも、罰金を払わせるような約束はできない」ということです。

よくあるのは、看護学生に援助して、看護師として採用した後、「1年以内に辞めたら、学費等を返還させる」というタイプで、もちろん違法です。

最近、増えているのは、幹部社員を海外留学させ(MBA取得など)、「5年以内に自己都合退職するときは、留学費用を返還させる」という約束です。これは高度人材に対する足留め策で、本事件にもつながります。

紛争に至った経緯を、振り返ります。会社は、米国留学等の経歴を持つ高度専門職を、三顧の礼を取って迎え入れました。入社の条件は、高額の報酬のほか、サイニングボーナス(契約時の一時金)、インセンティブボーナス、ストックオプションの権利を与えるというものです。まさに、「咽喉から手が出るほど欲しい」人材だったのでしょう。

このうち、現実に支払われたのは、月々の報酬のほか、サイニングボーナス(200万円)だけです。なぜなら、当人は、入社後、半年も経たないうちに、自己都合退職してしまったからです。

サイニングボーナスには、「雇用開始から1年以内に、自発的に会社を退職したときは、これを全額返還する」という附帯条件が付されていました。社会常識からいうと、当然のようですが、人身拘束を禁止する労働基準法の精神には違背します。

裁判所は、「サイニングボーナスの給付及びその返還規定は、労務提供に先行して一定額の金員を交付して、自らの意思で退職させることなく1年間会社に拘束することを意図した経済的足留め策に他ならない」「労働者の帰責事由を要件とした雇用契約の解約を念頭に置いたもので、違約金又は損害賠償額の予定に相当する性質を有している」と述べ、公序良俗に反し無効と判示しました。

200万円といえば、大金です。半年足らずの就労で、濡れ手に粟で、こんなお金を持ち逃げされたら、会社はたまりません。しかし、裁判所は、大金だからこそ、「全額返すことは必ずしも容易ではなく、その返還をためらうがゆえに、拘束に甘んじざるを得ない効果を与える」と指摘しています。現ナマを餌に人材を集める方法は、確かに効果絶大です。しかし、万一のため、返還規定を設けても役立つかどうか難しいところです。

 

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