判例 転籍の同意は撤回できない (2005年10月号より抜粋)  
   

 

 
 

他に道なしと即断 会社の説得は許容範囲内

転籍を実施する際、一応、形としては本人の同意を取り付けます。しかし、多くの場舎、従業員側からいえば、断りたくても断れないのが実情です。本事件でも、当初、従業員側は泣く泣く転籍等の発令に従いました。しかし、後から「他に選択の余地はない」と誤信した結果で、錯誤により無効だと訴えて、裁判を起こしました。結果的には会社側勝訴ですが、転籍人事の難しさを浮き彫りにしたケースといえます。

O製薬事件 東京地方裁判所(平16・9・28判決)


転籍の場合、在籍出向と異なり、出向元と労働者間の雇用契約は解消され、転籍者の雇用主は100%出向先会社に入れ変わります。このため、民法第625条の「権利義務の一身専属性」の原則が厳格に適用されます。同条では、「使用者は労務者の承諾あるにあらざればその権利を第三者に譲渡すことを得ず」と定めています。

しかし、大手会社などでは、55歳になれば、大部分の社員が社外会社に転籍するのが暗黙のルールとなっているケースが少なくありません。会社は形の上では同意の有無の打診をしますが、実務的には「有無をいわさず」転籍を実施してしまいます。

本事件は、営業譲渡に伴う転籍が問題になりました。該当部門が消滅してしまうのですから、会社は本人が同意しないというケースは頭から考えていません。割増退職金の支払いと、転籍後2年間の年収差額の補填という条件を提示し、何が何でも転籍を実現させようとしました(同意退職の場合は、退職金に33ヵ月分を積み増し)。

訴えを起こした従業員達は、いったんはこの提案を応諾しました。しかし、後になって「転籍または退織以外の選択肢はないと誤信したもの」で、同意は無効と主張して提訴しました。裁判所は、「会社自身、従業員が転籍も退職も選択せず『残る』という選択をした場合、どのように対応するかを明確に決めず、従業員に対し明言を避けていたことがうかがわれる」と厳しい指摘をしています。転籍の実務に携わる会社担当者なら誰でも、「痛いところを突いてくる」と苦笑いしたくなるでしょう。

しかし、結論としては、「会社に残るという選択肢があることを明確に説明しなかったとしても、従業員の意思を無視して転籍または退職のいずれかを選択することを強要し得るわけではなく、従業員達は退職金額など具体的な条件の内容等を検討したうえ、任意にいずれかを選択したものである」と述べ、錯誤による無効という訴えを斥けました。

退職の動機を問題とする場合、その動機が表示されていなければ、錯誤を主張できません。本件では、「従業員達は、退職等の意思表示をする際、転籍または退職以外の選択肢がないという事情を明示約または黙示的に表示していない」という事実がありました。これも重要な決め手となっています。転籍の同意を取り付ける際、功を焦って「他に選択肢はない」などといってしまうと、後々トラブルのタネになるので注意が必要です。

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